「ちゃんと磨いているつもりなのに、また虫歯ができていた」
その言葉を、これまで何度も診療室で聞いてきました。
少し申し訳なさそうに、でもどこか納得できない表情で話す方もいます。
こう言って診察室に来る方は、思っている以上にたくさんいます。
少し申し訳なさそうに、でもどこか納得できない表情で話される方もいます。
しかも、毎日きちんと歯磨きをしていて、定期検診にも通っている、いわゆる”真面目な方”に多い印象があります。
虫歯になってしまうのは、努力が足りないからだと、私は思っていません。
少なくとも、そんなに単純な話ではないと感じています。
歯磨きの回数は変わっていないのに、生活の変化が口の中に影響することを、私は何度も見てきました。
お口は、思っている以上に「その人の毎日」を映しています。
この記事では、「歯磨きしているのに虫歯になる」現象の背景にあることを、現場目線で丁寧に整理していきます。「自分はなぜ虫歯になりやすいのだろう」という疑問に、少しでも答えられたらと思っています。
歯磨きしているのに虫歯になるのはなぜ?
理由① 磨く順番が「いつも同じ」になっている
歯磨きは毎日のことだから、自然と”ルーティン”になります。「右の奥から始めて、前歯を磨いて……」という順番が固定されている方は多いです。
これ自体は悪いことではないのですが、問題は「後回しになりがちな部分が常に同じになる」ことです。
人は磨き始めは丁寧でも、時間が経つと少し雑になりやすいです。磨く順番が固定されていると、後回しになる場所が毎回同じになり、そこに磨き残しが積み重なっていきます。
「虫歯になりやすい場所がいつも同じ」という方は、このパターンに当てはまることが多いです。
理由② 「磨き残しのパターン」がある
虫歯は、汚れ(歯垢)が同じ場所に長く残ることで起きやすくなります。そして磨き残しには、個人ごとに”パターン”があります。
歯と歯のあいだ、奥歯の溝、歯と歯ぐきの境目——こういった場所は、歯ブラシの毛先が届きにくく、どんなに丁寧に磨いても汚れが残りやすいです。
問題は、その”残りやすい場所”が自分ではわかりにくいことです。毎日磨いているから「磨けている」と感じていても、実は特定の場所だけが毎回残っている、ということが起こりえます。
理由③ 力が強すぎる
「しっかり磨こう」という意識から、力を入れすぎてしまう方がいます。
強い力で磨くと、歯の表面や歯ぐきを傷つけてしまい、かえって汚れが入り込みやすくなることがあります。歯ブラシの毛先がすぐ広がってしまう方は、力が入りすぎているサインかもしれません。
歯磨きで効果的に汚れを落とすのに必要なのは、力ではなく「毛先の当て方」と「動かし方」です。
理由④ フロスや歯間ブラシを使っていない
歯ブラシで磨けるのは、歯の表面の6割程度と言われています。残りの4割は、歯と歯のあいだです。
フロスや歯間ブラシを使わないと、歯と歯のあいだの汚れはほとんど落ちません。虫歯が「歯のあいだ」にできやすいのは、この理由が大きいです。
「歯磨きしているのに虫歯になる」という方に、フロスの習慣がないケースはとても多いです。
理由⑤ 間食の「頻度」が多い
食べる量よりも、食べる「回数」が口の中の環境に影響します。
口の中は、食事や間食のたびに酸性に傾き、歯が溶けやすい状態になります。その後、唾液の働きで中性に戻っていくのですが、この回復に30分〜1時間ほどかかります。
間食の回数が多いと、回復する時間がなく、口の中が酸性のままの時間が長くなります。「甘いものを大量に食べる」よりも、「少量のお菓子やジュースを一日中ちょこちょこ食べる・飲む」習慣のほうが、虫歯リスクとして問題になることがあります。
現場でよく見るパターン:歯科衛生士目線の実例
ケース①「丁寧に磨いているのに奥歯の溝に虫歯ができる」
これは、本当によく見るパターンです。
丁寧に磨いているのに、奥歯の噛み合わせの面(溝の部分)に虫歯ができている。「こんなに磨いているのに……」と落ち込む方もいます。
実はこの場合、磨き方の問題だけではなく、「歯の形」が関係していることがあります。奥歯の溝は個人差があり、深くて複雑な形をしている場合、歯ブラシの毛先が届かない場所が物理的に存在します。
どれだけ丁寧に磨いても届かない場所があるというのは、正直に言えばそういうことです。こういったケースでは、定期検診でのフッ素塗布や、状況に応じてシーラント(溝をふさぐ処置)の検討など、磨き方以外のアプローチが助けになることがあります。
「虫歯になりやすいのは磨き方が悪いから」と一概には言えない、ということを、この仕事をしながら何度も感じてきました。
ケース②「ストレスが多い時期に虫歯が集中する」
もう一つ、印象に残っているのは、「なぜかある時期だけ虫歯が続く」という方のパターンです。
話を聞いてみると、仕事が忙しかった、育児で睡眠が取れていなかった、精神的にしんどい時期があった——そういった背景があることが少なくありません。
ストレスや睡眠不足が続くと、唾液の量が減ることがあります。唾液には口の中を洗い流す働きや、酸を中和する働きがあるため、それが減ると虫歯になりやすい状態になります。歯磨きの習慣は変わっていないのに、生活の変化が口の中に影響していた、ということです。
「あの時期は大変だったから、仕方なかったのかも」——患者さんが少し救われた表情をするとき、こういう背景をちゃんと聞けてよかったと思います。
今日から変えられること:具体的な3つの行動
難しいことは続きません。まずこの3つだけ、試してみてください。
行動① 歯磨きの「始める場所」を変えてみる
毎回同じ場所から磨き始めている方は、今日から始める場所を変えてみてください。
奥歯の裏側、前歯の裏側——いつも後回しにしがちな場所から始めると、丁寧に磨ける場所が変わってきます。週ごとに変えるだけでも、磨き残しのパターンを崩すことができます。
行動② 週に数回、フロスを使ってみる
「毎日フロス」がハードルに感じる方は、まず週3回から始めてみてください。
フロスは慣れないうちは少し手間に感じますが、慣れてくると5分もかかりません。一度使うと「こんなに汚れが取れるんだ」と驚く方が多いです。歯と歯のあいだのケアは、虫歯予防において大きな差を生みます。
行動③ 間食は「まとめて食べる」ことを意識する
お菓子やジュースをゼロにする必要はありません。ただ、ちょこちょこ食べを減らして、「食べるならまとめて」という意識を持つだけで、口の中の回復時間を確保しやすくなります。
間食後にうがいや歯磨きをする習慣も、口の中の酸性状態を短くするのに役立ちます。
まとめ:完璧じゃなくていい、知ることが第一歩
歯磨きしているのに虫歯になる、というのは決して「努力が足りない」からではありません。磨き残しのパターン、フロスの習慣、間食の頻度、体の状態——さまざまな要因が重なることで起きることが多いです。
大切なのは、「自分の口に何が起きているのか」を少し知ること。そして、一度に全部変えようとしないことです。
まずひとつだけ試してみる。それで十分です。
完璧に磨けなくても、フロスを毎日できなくても、少しでも意識が変わると、それが積み重なって口の状態が変わっていくことがあります。定期検診でプロに見てもらいながら、自分のペースで続けていけるといいと思っています。
あなたの「ちゃんとしているのに」という気持ちは、決して無駄ではありません。その積み重ねが、きっと歯を守っています。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療を推奨するものではありません。気になる症状がある場合は、かかりつけの歯科医にご相談ください。
平成30年に歯科衛生士免許を取得。
臨床現場で多くの患者さんの口腔ケアに携わる中で、
「毎日歯を磨いているのに、なぜ磨き残しが出るのか」
「どう伝えれば、セルフケアの行動が変わるのか」
という点に関心を持つようになる。
その後、医療現場を“外側”からも理解するため、
関西学院大学大学院 経営戦略研究科(MBA)を修了。
現在は、歯科衛生士としての臨床経験と、
経営・行動変容の視点を掛け合わせ、
「続けられるオーラルケア」をテーマに情報発信を行っている。


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